今回は、レコーディングにまつわるお話をさせて頂こうかと思いますが、多分録音機材や録音技術そのものについては、皆さんの方が詳しいんじゃないか?と思いますので、主に CD を発売する時に発生する法律的な問題や音楽業界内部における業界習慣等についてお話ししたいと思います。 まず印税に関して大きく分けて2通り「原盤権印税」と「出版権(著作権も含む)印税」についてお話します。 その前にハッキリさせておきたいことがあるのですが、よく「メジャー」とか「インディーズ」とか言われますが、「メジャー」というのは「日本レコード協会」に加入しているメーカーで流通を共有しているという意味で、決して経営規模が大きいとは限りません。このインターネット時代においては、あまりメジャーだとかインディーズとかいう区別は意味をなさないんだ、ということだけはしっかり認識しておいて頂きたい。
■豊田 貴志 1959年生まれ名古屋市出身。 5歳でバイオリンを始める。13歳で山本直純にその才能を認められ、TBSテレビ「オーケストラがやって来た」に出演。 翌73年には新日本フィルと共演し、74年には全国学生音楽コンクールで古沢巌に次いで銀賞となる等、70年代には主に クラシックのバイオリニストとして活躍する。 80年代には東京芸術大学在住中から後藤次利、鈴木茂等と共にスタジオ・ミュージシャン、アレンジャーとして数多くのアーティストのレコーディングに参加。またギターの北島健二等と共に原田真二&クライシスのキーボード奏者としても活動。世良正則&ツイスト、もんた&ブラザーズ等と共に今日のJ−ROCK繁栄の基礎を築いた。 90年代に入り、自然を求めて東京から日本の源郷とも言われる熊野(和歌山県那智勝浦町)に移住した後は、アルファー派ミュージックや1/fゆらぎサウンドの発明者として知られるようになり、自身の作曲・演奏による数々のソロアルバムCDはいずれも超ロングランのベストセラーに、また有線やサテライト、インターネットの専門チャンネルでも頻繁にオンエアされる。 2000年には明治神宮にて原田真二、松田聖子とジョイントで開催「鎮守の森コンサート」他、伊勢神宮、厳島神社等でコンサートを開催。 Official HomePageはコチラ>> そのことを踏まえた上で、大手レコード会社等とは通常どのような契約をするのかというお話から始めたいと思います。 僕がまだ十代後半だった時の話です。 僕より早い時期にデビューしたある仲間がいたのですが、デビューアルバムがソコソコ売れたのに印税が一銭も入ってこないと言う。それで発売元の某レコード会社に講義したのだがラチがあかない。 「一体、どういう契約をしたんだ?」と問い詰めたところ、「白紙の契約書に名前だけサインしてハンコを押した。」と言うとんでもない返事。 それでよく調べてみると、彼らのアルバムの原盤権を持っている会社、つまり制作費を負担した会社はレコードを発売した会社とは別の会社。つまり業界間では「外部原盤」と呼ばれる方式で作られた作品だったのです。 そしてソノ会社は出版権、つまり JASRAC から管理手数料を引かれた分を預かる「音楽出版社」も兼ねていた。 作詞家や作曲家は JASRAC へ「楽曲届け」という書類を提出するのですが、そこには「作曲家」や「作詞者」がサインする項目があって、もう一つ「著作権者」という項目があり、もし著作権使用料を誰かに寄与したければソノ人の名前を記してもよいのですが、勝手に誰かにサインされると全くの別人に著作権料が払われたとしても法律上文句が言えないのです。 この手口で彼はダマされた訳です。 しかし、それに気づいた時は既に遅し、犯人は横取りをしたまま夜逃げしてしまった・・・。 もう一つ大事なのは原盤権。原盤権は原則として制作費を負担した者が持てます。 配当率はケース・バイ・ケースですが、通常は音楽ソフトの卸し値の一割程度。 本来その中に演奏への報酬も含まれるのですが、現金買取の場合もあります。しかし、これはあまり作品が売れなかった場合は買取の方が音楽家にとっては得でしょう。予想以上に売れた場合は「アァ、印税にしておけばよかった・・・」と言う種類のものです。 しかし、製作費の殆んどはスタジオ使用料であるので、最近増えた宅録派にとってはスタジオ使用料を現金でもらうか、印税でもらうかの選択となります。